私たち訪問看護師がかかわる利用者は、それぞれ人生を全うしてきた人ばかりです。
訪問看護師と利用者の信頼関係が出来てくると、
その人の昔話を聞いたり、夫婦のなれそめを聞いたり、
楽しく会話をすることが出来るようになります。
その中でも印象に残った男性をご紹介します。
私たちが訪問を開始したときには、70歳でした。
私たちのステーションの利用者さんの中では、まだ若いともいえる年代でした。
そんな利用者さんは、神経難病と診断され、体の自由がどんどん奪われていったのです。
訪問開始した当初は、まだ車いすに乗れるくらいでしたが、徐々に体が動かなくなり、全身の痛みも強くなり、
約3年間で寝たきりとなりました。
そんな利用者さん、海の見える山の上に立つ家で最後まで過ごしたい、畳の上で死にたいという強い希望を持っていました。
畳の上で死にたいという希望から、介護ベットの導入を長い間拒んでいたのですが、
あることをきっかけにその気持ちが反転しました。
それは布団に寝ていたら、大好きな海が見えないということでした。
布団に寝ていたら、這って窓際までいかなくては海を見ることが出来ません。
波の音は聞こえるのに海が見えない、これは彼にとってとても悲しい状況でした。
しかしながら、介護ベットを導入すれば、ベットの向きを調整し、ギャッチアップするだけで簡単に海を見ることが出来るという提案をすると、彼の気持ちが一変しました。
そして一気に介護ベットの導入が決まったのです。
これを受けて介護をする家族の負担、そして彼の体への負担も軽減し、さらに快適な自宅での生活をすることが出来るようになったのです。
また海が見えるようになると望遠鏡で遠くを見たいという欲求が高まり、ギャッチアップをする時間も長くなり、彼の生活の質が高まりました。
それと同時に、季節に合わせて、今頃は何の魚が取れるかな?食べたいなあというようになったのです。
布団の時にはあまり体を起こせず、むせりもあったので、奥様は食べることに抵抗を持っていました。
しかしギャッチアップできるようになり、本人の食事摂取の意欲も出てくると、奥様も積極的に何かを食べさせてあげたいという気持ちになってきたのです。
すでに終末期であった彼は、食べるといっても5口も食べると、もうお腹はいっぱい。
それでも最後まで好きな環境で最後まで食べることが出来たのです。
更に彼だけではなく、うれしいこともありました。
それは介護をする奥様も元気になったことです。
彼が布団に寝ている時には、手軽な栄養補助食品を摂取したり、市販の介護食を食べていました。
しかし彼が食べたいものを主張するようになると、奥様もそれを一緒に摂取するようになりました。
その結果、一時期介護やせした奥様が元気になってきたのです。
利用者の中には、畳の上、布団で寝ることにこだわる人もいます。
私たちはその希望を叶えてあげたいと思うので、無理な介護ベットの導入はすすめません。
しかし導入することによって、それからの残された日々を有意義に過ごすことが出来ることも多いです。
そのために、私たちはこの利用者のメリットを考えるとどうするべきか?またそのきっかけをどういう風に進めていくかということを日々考えながらかかわっています。
今回は介護ベット導入一つで、残された人生の質を高められた事例を紹介しました。
また本人だけでなく、家族も介護ベット導入によりすくわれた事例でもあり、福祉用具の充実の重要性を考えさせられた利用者さんでした。